静岡の地酒「静岡県酒造組合」 富士山、天城山地、南アルプスの名水で醸す静岡の地酒を蔵元情報と共にご紹介。日本酒の良さ、日本酒文化を多くの方に伝えたい。
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静岡県の酒蔵会社と蔵元の紹介

しずおか酒造りの風景


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インターナショナル・サケ・チャレンジ
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第11回 静岡県地酒まつりin東京

第22回 静岡県地酒まつりin静岡

日本酒で乾杯推進会議
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初亀醸造株式会社(2)

初亀の酒造りへの想いが、お客様にすぐ通じるような酒を。



▲上:3段甑による蒸米設備は、静岡県内では初亀だけに導入されている。下:初亀こだわりの蓋麹(ふたこうじ)法による麹造り。麹室の奥に麹蓋が何段も積まれている。

──目標とおっしゃいましたが、昔はそうではなかった?

 ええ、うちの酒に限らずですが、昔は灘や伏見といった上方の大手メーカーの酒が本当に強かった。テレビなどでの宣伝も盛んでしたから、地元町内のお使い物にうちの酒を使ってもらえなかったりして、ずいぶんと悔しい思いもしました。でも、その悔しさをエネルギーに変えることで、頑張ってこられたという面もあります。

──昭和40年代の華々しい受賞歴からすると、そんな時期があったとは、ちょっと信じられないお話ですが。

 いえ、もともと静岡は、いわゆる「酒どころ」ではなかったのですね。温暖な気候ですから、酒造りには向かないというイメージがとても強かった。
 特に昭和40年から50年にかけては厳しい時期で、静岡の酒造会社にとって一大転換期になりました。これからは高品質の酒を造らなければ生き残れないと、皆で品質を上げる競い合いが始まって、技術や方法はもちろん、高精白の米、冷蔵貯蔵庫といった施設の改善ですね。
 もっとも、こうした流れは今でもずっと続いていますので、終わりがないというか。

──そうした競い合いの始まりが、昭和61年の鑑評会での金賞の大量受賞に結びついたわけですね。
 杜氏の滝上秀三さんがこちらの蔵に入られたのもその頃ですか?



▲上:吟醸、大吟醸専用の仕込み室。空調・衛生管理された部屋に、小仕込のタンクが並ぶ。下:手前の白い蓋の醪(もろみ)用タンクは、特注のチタン合金製。このタンクで使用する櫂なども全てチタン製となっている。

 昭和58年からです。先代の社長が、「味があって綺麗な酒」を求める中で、能登流の造りに惚れ込んだようです。それで能登杜氏組合にお願いして、縁あって滝上さんが来てくれることになりました。
 杜氏はこちらで指名できませんからね。本当に縁なんですよ。

──えっ、指名できないのですか。何となく入札制度なのかなぁ・・・と漠然と思っていました。
 そうなると本当に縁というか、蔵に入られた時期といい、すごい巡り会わせですね。

 ええ、そうなんです。杜氏には初亀のブランドを支えてもらうわけですからね。
 それに杜氏の仕事は酒を造る技術だけじゃないのですね、統率力も必要です。酒造りはチームワークでやっていく仕事ですから、蔵人たちの管理も大切な仕事になります。
 一旦始まってしまうと、たとえ風邪をひいたとしても、酒造りは休めません。「酒は造るのではなく、生まれるまで育てるものだ。」が、滝上さんの口癖ですから本当に目が離せないですね。

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